大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1821号 判決 1997年2月07日
控訴人(原告)
秋山光夫
被控訴人
日新火災海上保険株式会社
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金一五六四万円及びこれに対する平成六年一二月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
本件は、被控訴人との間で自動車総合保険契約を締結している控訴人が、自動車を運転中に被害者を死亡させる交通事故を惹起したことから、被控訴人に対し、右保険契約に基づき、被害者の遺族との間の右事故による損害賠償の示談交渉を依頼したのに、被控訴人においてこれを拒否したため、自ら示談交渉を行い、示談を成立させて損害賠償金を支払つたとして、右契約に基づき、支払つた示談金の填補を求めるとともに、右保険契約の不履行による損害賠償を請求した事案である。
一 前提事実
1 被控訴人は、自動車損害賠償責任保険等を業とする会社である(争いのない事実)。
2 控訴人は、予てより、被控訴人との間で、普通乗用自動車(所沢五七め五二八六、以下「被保険自動車」という。)につき、対人限度無制限、記名被保険者を控訴人とする自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた(争いのない事実)。
右保険契約中には、左記の各条項が存する(争いのない事実)。
記
(一) 被控訴人の填補責任
被控訴人は、被保険自動車の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害すること(対人事故)により、被保険者が法律上の損害責任を負担することによつて被る損害を、この賠償責任条項及び一般条項に従い、てん補する。
(二) 示談代行義務
被保険者が対人事故にかかわる損害賠償の請求を受けた場合には、被控訴人は、被控訴人が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、被控訴人の費用により、被保険者の同意を得て、被保険者のために、折衝、示談または調停もしくは訴訟の手続(弁護士の選任を含む)を行う。
(三) 免責
被控訴人は、保険契約者、記名被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意によつて生じた損害をてん補しない。
3 控訴人は、平成五年五月二三日午後一一時五二分ころ、兵庫県尼崎市西本町二丁目一六番地一先路上(国道四三号線)において、被保険自動車を運転中、上田辰夫(以下「上田」という。)の運転する自動二輪車(以下「被害車」という。)との間で交通事故(以下「本件事故」という。)を惹起し、同車に同乗していた橋口真之介(以下「真之介」という。)を脳挫滅により死亡させた(争いのない事実)。
4 控訴人は、本件事故の発生後、控訴人代理人を通じ、被控訴人に対し、前記示談代行義務規定に基づき、再三にわたり、真之介の遺族との示談交渉に乗り出してくれるよう要請した(争いのない事実)。
これに対し、被控訴人は、控訴人において真之介らに対する傷害の故意があつた可能性があるとして、前記免責規定の適用を主張し、いつこうに示談交渉を行わなかつた(争いのない事実)。
5 控訴人は、平成六年三月二八日、本件事故について、業務上過失致死傷並びに道路交通法違反の罪により起訴されたので、同年四月八日、起訴状謄本を被控訴人にフアツクスによつて送信したところ、被控訴人は、本件事故の処理について岩崎英世弁護士(被控訴人代理人)に委任するとともに、控訴人にも同弁護士を紹介した(甲五、弁論の全趣旨)。
6 真之介は、橋口米男(以下「米男」という。)と久保眞紀子(以下「眞紀子」という。)が婚姻中、同人らの間に出生した子であるが、米男が眞紀子と離婚して柴田美千代(以下「美千代」という。)と再婚した後は、美千代に養育され、同女が米男と離婚した後も本件事故に至るまで、このような状態が続いていた(甲七、二三、二九、四八、四九)。
そのため、米男及び美千代と眞紀子との間で、本件事故による賠償金の配分につき対立が生じた。米男及び美千代は、控訴人及び眞紀子を相手方として、本件事故の損害賠償請求並びに賠償額の配分に関する交渉を始めたが、右示談交渉は進展しなかつた(甲七、弁論の全趣旨)。
そこで、米男及び美千代は、控訴人及び眞紀子を相手方として、東大阪簡易裁判所に対し、調停の申立てをした。なお、調停申立書には、控訴人の責任原因として、控訴人が故意(未必の故意)に本件事故を起こしたとの記載がなされていた(争いのない事実)。
7 控訴人は、岩崎弁護士に右調停の代理人を委任したところ、同弁護士は、平成六年六月一六日に開かれた右調停の第一回期日に出頭せず、第二回期日の直前の同年七月一五日、控訴人に対し、調停申立書に右のような記載があるが、本件事故が控訴人の故意により惹起された場合には、保険契約上免責になり、控訴人と被控訴人が法律上利害相対立することになるとの理由で控訴人の代理人を辞任する旨通知した(争いのない事実、甲九、一一、二三、乙一、控訴人、弁論の全趣旨)。
8 控訴人は、その後、控訴人代理人に右示談交渉を依頼し、平成六年一〇月一九日、米男、美千代及び眞紀子との間で、控訴人が米男らに対し自賠責保険金のほかに金七〇〇万円の和解金を支払う旨の示談を成立させ、米男らに対し、同日右和解金を支払つた(甲一六、一七、二三、控訴人)。
9 なお、真之介の遺族に対しては、自賠責保険金から金三〇〇〇万円が支払われている(控訴人において明らかに争わない事実)。
二 争点
1 控訴人の主張
(一) 控訴人には、本件事故において、真之介らに対し、傷害の故意すらなかつた。仮に、控訴人に傷害の故意があつたとしても、傷害の故意に基づく行為により被害者を死亡させたことによる損害賠償責任を被保険者が負担した場合については免責条項の適用はない。
(二) 真之介の死亡による損害は次のとおりである。
(1) 逸失利益
真之介は、本件事故により死亡した当時一五歳で、日額九〇〇〇円の収入を得、月二五日間稼働していたところ、六七歳まで就労可能であつたから、生活費を五〇パーセント控除し、ホフマン方式により中間利息を控除してその逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり金三四一〇万二三五〇円となる。
(計算式)
9,000×25×12×0.5×25.261=34,102,350
仮に、事故前の収入額が認められないとしても、真之介は、本件事故により死亡した当時、平成七年度賃金センサスの一八歳ないし一九歳の男子の学歴計・企業規模計平均賃金である金二四四万五六〇〇円(計算式のとおり)の収入を得ることができたから、右と同様に同人の逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり、金三〇八八万九一五〇円となる。
(計算式)
<1> 収入
187,600×12+194,400=2,445,600
<2> 逸失利益
2,445,600×0.5×25.261=30,889,150
(2) 慰謝料 金二〇〇〇万円
(3) 葬儀費用 金一二〇万円
以上によれば、真之介の損害は、右金額の合計である金五五三〇万二三五〇円ないしは五二〇八万九一五〇円となる。
そうすると、右損害額から自賠責保険から支払われる金三〇〇〇万円を控除しても、なお、控訴人が米男らに支払つた金七〇〇万円を超えることになるから、被控訴人は、控訴人に対し、本件保険契約に基づき、右支払金額を填補すべき義務がある。
なお、真之介は、被害車に同乗していたにすぎず、本件事故につき過失はないから、右損害額について過失相殺されるべきではないが、仮にあるとしても、真之介のヘルメツト着用義務違反くらいであつて、被害者の過失割合としては、せいぜい五ないし一〇パーセント程度のものである。
(三) ところで、被控訴人は、本件事故が控訴人の故意によるものであるとして、本件保険契約に定められた示談代行業務を放棄した。
そのため、控訴人は、やむなく控訴人代理人に米男らとの示談交渉を依頼し、着手金として金一九九万五〇〇〇円、報酬金として金一六四万五〇〇〇円の支払いを約し、同額の損害を被つた。
また、被控訴人は、控訴人の業務上過失致死傷等被告事件の審理が進みその終結が押し迫つていた平成六年七月一五日にいたり、突如、示談代行義務を放棄し、当時、刑事訴追を受けていた控訴人を困惑させたばかりではなく、刑事手続上の控訴人の地位を著しく不利にしたため、控訴人は、実刑判決の危険に晒され、多大な精神的苦痛を被つたところ、右精神的苦痛を慰謝するには金五〇〇万円を下らない金額が相当である。
(四) よつて、控訴人は、被控訴人に対し、本件保険契約に基づく損害の填補として金七〇〇万円、及び本件保険契約上の被控訴人の示談代行義務の不履行による損害賠償として金八六四万円の合計金一五六四万円並びにこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成六年一二月二〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 被控訴人の主張
(一) 本件事故は、控訴人の故意によるものであるから、被控訴人は、本件保険契約により、保険金の支払義務が免責される。
(二) 仮に、そうでないとしても、本件事故による真之介の遺族の損害賠償請求額が保険金額を明らかに超える。
すなわち、控訴人が逸失利益算定の基礎とする真之介の収入額を裏付ける証拠は信用性がないから、真之介の収入は、平成五年度賃金センサスの男子新中卒一七歳の一か月金一四万五〇〇〇円を基準とし、年間賞与は加算しないで算定すべきである。また、慰謝料は金一一五〇万円、葬儀費用は金五五万円が相当である。
そして、本件事故は、暴走族の無謀・執拗な進路妨害に控訴人が腹をたて、暴走族の一員である被害車に被保険車を衝突させたものであり、被害車は、制限時速四〇キロメートルのところを時速六〇キロメートルも超過する時速一〇〇キロメートルで進行中、赤信号を無視して交差点を通過した直後に発生したものであるところ、真之介は、被害車の運転者であつた上田とは暴走族「落魄天使」の仲間で、一年間前ころから暴走行為をしており、週一回以上相互に車に乗り、本件事故当時も自ら進んで被害車に乗車し、被害車の危険行為を共有していたものであつて、これらの事情を考え合わせると、真之介に対しては、被害車の運転者である上田の過失と同一の過失相殺を適用されるべきであり、被害者側の過失として少なくとも五〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。
そうすると、真之介の損害は、自賠責保険により支払われた金三〇〇〇万円により填補されているから、同人の遺族に対し、更に金七〇〇万円もの示談金を支払ういわれはなく、控訴人がこれを支払つたとしても、被控訴人に対し、本件保険契約に基づき、損害の填補を請求することはできない。
(三) ところで、本件保険契約によれば、被控訴人は、保険契約者である控訴人が対人事故にかかる損害賠償請求を受けた場合、填補責任を負う限度で示談代行等をなしうるものとされている。
そうすると、右のとおり、本件事故において被控訴人に保険金の支払義務がないのであるから、被控訴人は、本件保険契約に基づき、本件事故について示談の代行等を行う義務もない。
3 よつて、本件の主要な争点は、<1>本件事故が本件保険契約で定められた被控訴人の免責事由である控訴人の故意によるものであるか否か、並びに<2>本件事故により控訴人が真之介の遺族らに対して支払うべき損害額から自賠責保険により支払われた金額を控除しても、なお、右損害金が残るか否か及び残る場合にはその金額がいくらかということにある。
第三証拠
原審及び当審記録中の各書証目録および証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第四当裁判所の判断
一 証拠(甲五、二二ないし二五、三〇、乙二ないし九、一五、一六、証人上田辰夫、控訴人本人)によれば、次の事実が認められる。
1 控訴人(昭和四〇年八月三一日生)は、本件事故当時、株式会社三和総合研究所に勤務していた者であるが、交際中の女性を神戸市内の自宅に送り届けた後、帰宅すべく、被保険車を運転し、国道四三号線を神戸方面から大阪方面に向けて進行中、平成五年五月二三日午後一一時五二分ころ、兵庫県西宮市所在の甲子園球場陸橋付近にさしかかり、四台の暴走族風の自動二輪車が走行車線一杯に広がつて低速度で蛇行運転を繰り返していたたため、二〇台から三〇台の一般車両が時速一〇キロメートル位の速度でしか走行できず、渋滞しているところに巻き込まれた。
2 右自動二輪車の中には、上田(昭和五一年一二月二三日生)が運転し、真之介が後部座席に同乗していた被害車もあつた。真之介は、本件事故の一年位前から上田と付き合い、二人とも運転免許証を有していなかつたものの、ともに暴走族に入り、本件事故の直前ころは週一回の割合で自動二輪車を乗り回していた。
そして、真之介は、本件事故当時、同じ暴走族に所属する暴走仲間の當銘由順らと暴走行為(自動二輪車を蛇行運転等して、後続の一般車両の進路を妨害し、先行させないようにする行為)をすることを相談し、上田運転の被害車の後部座席に同乗して右暴走行為に参加した。
ところで、被害車は、上田が同人の兄名義で購入し、ナンバープレートを取り外し、風防を取り付ける等暴走行為をするために改造していたものであつた。また、真之介及び上田は、本件事故当時、運転免許を有しておらず、また、ヘルメツトを着用していなかつた。
3 控訴人は、進路を妨害されたことに憤激し、暴走行為を行つている者らを怖い目に合わせてやろうと考え(以下「本件目的」という。)、兵庫県尼崎市内の前記道路出屋敷交差点において右折車線に入り、対面の赤色信号で停車中の渋滞車両の先頭に並び、対面信号が青に変わるのをみて発進し、直進車線に進路変更して渋滞の先頭に立ち、更に加速して蛇行運転を行つていた自動二輪車との距離を詰めたところ、進路前方に當銘由順運転の自動二輪車が入つてきたため、何らの回避措置を講じることなく、被保険車を右自動二輪車に追突させた。
4 右暴走行為に行つていた上田らは、これをみて、控訴人が故意に被保険車を衝突させてきたものと思い、蛇行運転を止め、時速八〇から一〇〇キロメートル位に加速し(なお、前記道路の制限速度は、時速四〇キロメートルであつた。)、交差点の対面信号が赤色であるにもかかわらず、これを無視して走行する等して被保険車から逃げようとした。
これを見た控訴人は、さらに興奮し、本件目的のもとに、被保険車を加速して暴走行為を行つていた自動二輪車を追いかけたところ、道路左側の第一車線及び第二車線を走行していた二台の自動二輪車を発見したので、被保険車を第二車線から第三車線に進路変更させて、右自動二輪車の横をすり抜けた。
そして、控訴人は、右自動二輪車に対して優越感を感じ、加速を止めてそのまま走行していたところ、前方に第四車線を走行していた被害車を発見したので、同車に乗車していた上田や真之介らに対しても本件目的を実現すべく、被保険車を再び加速させるとともに第二車線に進路変更し、被害車の左斜め後方付近まで接近して、第二車線から第三車線に進路を変更したところ、突然、被害車も第四車線から第三車線に進路を変更したため、被保険車右側前部を被害車左側後部に衝突させ、同車に乗車していた上田及び真之介を路上に転倒させて、上田に入院加療約三か月を要する左大腿骨骨折等の傷害を負わせるとともに、真之介を脳挫滅により死亡させた。
二 ところで、甲二三ないし二五(控訴人の陳述書、検察官に対する供述調書、公判廷における供述調書)や控訴人本人尋問の結果中には、控訴人には、本件事故当時、真之介ら暴走族に対し、本件目的を実現させようという気持ちはなく、本件事故時も暴走族の前に出たことを誇示するためないしは鼻をあかしてやろうという気持ちであつた旨の部分が存する。しかしながら、控訴人は、本件事故を起こしたことにより、平成五年五月二四日に逮捕された直後から、本件事故当時、暴走族を「ビビらしてやろう」(暴走族より優位に立つて彼らを怖い目に合わせて思い知らせてやろうの意味)と思つていた旨供述し、その後、一旦勾留されたものの、控訴人代理人を弁護人に選任し、同弁護人の活動により、同年六月一日に右勾留が取り消されて釈放されたが、その後も警察官に対しては右供述内容を維持し、その旨記載された供述調書に署名指印していた(乙五ないし七、九)のに、検察官に対し、右供述が警察官から押しつけられたものである旨申し立て、突如として冒頭掲記のとおり供述して警察官に対する供述内容を変更し、以後、その供述を維持し続けているのであつて、このような供述経過に照らすと、冒頭掲記の控訴人の供述は、唐突かつ一貫性を欠くものといわざるを得ず、供述変更の理由も不自然であつて首肯しがたい。のみならず、控訴人の右供述は、當銘由順運転の自動二輪車との衝突時及び本件事故時の状況等前記一で認定した被保険車の一連の運転態様にも合致しないものといわざるを得ない。これらを考え合わせると、控訴人の右供述はにわかに措信しがたい。
三 争点<1>(本件事故が控訴人の故意により生じたものか否か)について
前記認定のとおり、控訴人は、本件事故当時、上田及び真之介に対し、本件目的を持つて、同人らが乗車する自動二輪車に接近したことが認められ、被保険車が高速で走行する右自動二輪車に接触すれば、ヘルメツトを着用していない同人らが負傷したり死んだりするかもしれないということを十分に認識していたといえる(現に、控訴人は、警察官に対し、その旨供述している〔乙七〕。)。しかし、控訴人が真之介らが死亡すること等を認識しながらあえて被保険車を右自動二輪車に衝突させたことまで認めるに足りる証拠はなく、また、前記認定のとおり、控訴人は、當銘由順運転の自動二輪車に衝突した際、何らの回避措置を講じていないものの、右衝突後、先行する二台の自動二輪車に対しては進路変更して衝突を回避する行動をとつていることも見られるのであつて、このことからすれば、蛇行運転をしていた當銘由順運転の自動二輪車と被保険車との衝突原因は、被保険車が右自動二輪車に急接近しすぎて回避措置を講じる余裕がなかつたものとも考えられるところであり、これらを考え合わせると、前記一で認定した本件事故時における控訴人の行為態様から右のような意思を推認することもできないというべきである。
よつて、本件事故が控訴人の故意により生じたものであるとの被控訴人の主張は採用することができない。
四 争点<2>(被控訴人の支払うべき損害金残金の有無及びその額)について
1 真之介の損害
(一) 逸失利益
証拠(甲一九、二八、四八、四九)によれば、真之介は、平成五年三月に中学校を卒業し、同月から石川鉄筋工業(代表者石川勲)に雇用されて稼働し始めたことが認められるところ、右甲一九(石川勲作成の休業損害証明書)及び甲二八(控訴人代理人作成の電話聴取書)中には、真之介は、同年三月に一〇日、四月に二五日、五月に本件事故まで二〇日間稼働し、一日あたり金九〇〇〇円の賃金(すなわち、三月は九万円、四月は二二万五〇〇〇円、五月は一八万円)を得ていたとの記載があるが、右記載は、賃金台帳等の客観的な裏付けがない上、社会保険料が控除されず、右金額の本給がそのまま支給されている旨記載されてる等不自然な点がみられ、また、証拠(乙二二〔株式会社大日リサーチ作成の報告書〕)によれば、真之介には遅刻や無断欠勤等があり、石川勲は真之介を解雇しようと考えていたことが認められるのであつて、これらの事情を考え合わせると、控訴人主張のように、右記載をもとにして、真之介が、本件事故に遭わなければ、将来にわたつて一日あたり金九〇〇〇円の賃金で一か月二五日間稼働し、収入を得ることができたと認めることには躊躇を感じざるを得ない。しかしながら、真之介は、本件事故に遭わなければ、六七歳までの五二年間、少なくとも平成五年賃金センサス第一巻第一表の小学・新中学卒の一七歳以下男子の年収額である金一八七万四七〇〇円(当裁判所に顕著な事実)の収入は得ることができたと推認することができるから、この数値を基礎に、生活費控除を五割とし、ホフマン方式により真之介の逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり、金二三六七万八七七三円となる。
(計算式)
1,874,700×0.5×25.2614=23,678,773
(二) 慰謝料
本件事故当時、真之介が美千代に養育されていたこと等前記認定事実及びその他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、真之介の死亡による慰謝料は、金二〇〇〇万円が相当である。
(三) 葬儀費用
証拠(甲八)によれば、米男は、真之介の葬儀費用として金二八〇万円を支出したことが認められるところ、このうち、本件事故と相当因果関係にある損害は金一〇〇万円と認めるのが相当である。
(四) 以上によれば、真之介の死亡による損害の額は、合計で金四四六七万八七七三円と認められる。
2 過失相殺
前記のとおり、真之介は、暴走族仲間の上田運転の被害車に同乗し、上田や他の暴走族仲間らの行う暴走行為に積極的に参加しており、これを助長ないしは承認していたものと推認できるところ、本件事故は、控訴人が右暴走行為に憤激、興奮したために引き起こされたものであつて、右真之介らが右暴走行為を行つていたことが本件事故の遠因をなしていること、本件事故の状況をみても、被害車は、被保険車から逃れるため、制限時速を時速約四〇キロメートルから六〇キロメートルも超える高速で走行し、交差点において信号無視を行う等危険な運転をした上、被保険車が被害車の後方直前に迫つて第二車線から第三車線に進路を変更したのに、突然進路を第四車線から第三車線に変更したため、本件事故が惹起されたものであつて、被害車を運転していた上田の無謀な運転も本件事故の大きな原因になつていること、真之介は、本件事故により脳挫滅の傷害を負つて死亡したが、本件事故当時、ヘルメツトを着用していなかつたこと等の事情が認められ、これらの事情を考え合わせると、被害車を運転していた上田及び右車両に同乗し同人と共に暴走行為をしていた真之介ら本件事故の被害者側の過失は重大であつて、控訴人において本件目的のもとに被保険車を高速で走行させる等の危険な運転をしていたことを考慮しても、なお、真之介の右損害については五割の過失相殺をするのが相当である。
3 したがつて、控訴人が本件事故により賠償すべき真之介の損害の額は、金二二三三万九三八六円になるところ、本件事故については、自賠責保険から真之介の遺族に金三〇〇〇万円が支払われているので、更に、控訴人が支払わなければならない損害金はないことに帰する。
そうすると、被控訴人は、本件契約に基づき、示談代行義務を負担しないし、控訴人が支出した示談金七〇〇万円についても、控訴人に填補する義務がないというべきである。
第五結論
以上によれば、控訴人の請求を棄却した原判決は、結論において相当であつて、本件控訴は理由がない。
よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田畑豊 熊谷絢子 奥田哲也)